氷血の皇子


第一部「胎動編」 第三章「発端」3

 ルドヴィニアの遣いとして、夜半来訪したクリスティナを、エクスカリュウトは凍てつくような沈黙をもって迎えた。
 ゾライユ皇家の紋章は双頭の狼である。運命を司り、死後の魂の審判を行う、ルドヴィニアが気持ち悪いと評した、双面の女神の眷属なのだという。
 血の色を思わせる深い紅の髪の下、冬の夜の天幕のような濃藍色の瞳は、十六歳の少年のものとは思えないほど暗い翳りを帯びており、クリスティナの目には エクスカリュウトが、重い鎖を幾重にもかけられた、囚われの狼の仔のように見えた。
 クリスティナを案内した皇帝の侍従は、好色な眼差しで彼女の全身を舐めるように眺めてから、部屋の明かりを絞り控えの間へと下がっていった。

「誠に申し訳ございません」
 安楽椅子にもたれかかかったエクスカリュウトの足元に伏し、その温情に訴えかけるようにして、クリスティナは用意されてきた口上を述べた。
「ルドヴィニア様はまだ十二、お心もお身体も幼くていらっしゃいます。お床を共になさるまでには、今しばらく……、ご猶予を下さいますようにと」

「酷い侮辱だな」
 怒気を孕んだ、大人びた少年の声がクリスティナの頭上で響いた。
 エクスカリュウトが安楽椅子から立ち上がる気配が感じられたかと思うと、クリスティナは次の瞬間には、背に垂らしていた長い髪をぐいと後ろに掴まれていた。
「陛下……!」
 クリスティナの顔が苦痛に歪む。白い喉を仰け反らせる宮女を尊大に見下ろしながら、エクスカリュウトは咆哮した。
「戦勝国の権を嵩に着て、年端もゆかぬ末の王女を、押し付けてきたのはロジェンターの方だろう! 私が強いた婚姻ではないというのに、初夜の床で、 長らく待たせた挙句にこの仕打ちか? 馬鹿にするにもほどがあるわ!!」

 怒りに任せて、エクスカリュウトはクリスティナをその場に突き倒した。長い髪が床に広がり、乱れたドレスの裾から扇情的に脚が零れる。寝台に引きずり上げる ことすらせず、そのままのしかかって、強引に膝を割ろうとするエクスカリュウトに、クリスティナは力なく抗った。
「ご無体な、何をなさいます……!」
 怒気を鎮めるための物のように扱われ、純潔を奪われようとしている自分が、クリスティナにはあまりにも悲しく惨めに思えた。クリスティナの水色の瞳に、 じわりと湧き上がった涙は、しかし、エクスカリュウトを怯ませる役を果たさず、その激情をさらに煽る結果を招いた。
「何を、だと?」

 エクスカリュウトは、冷笑し、その後に――、激昂した。

「しおらしいふりなどしなくていい! ルドヴィニアに代えて、お前のような女をここに寄越したロジェンターの思惑に気付かぬほど、私を愚かだと思わぬことだ!」
 魂を縫いとめるような、エクスカリュウトの猛々しい目に射抜かれて、クリスティナは恐怖で身を竦めた。
「私は無力な若輩者で、ロジェンターの傀儡に過ぎぬからな。生き残る為に、今はその策略にあえて乗ってやる!」

 きつい眼差しでクリスティナを射すくめたまま、エクスカリュウトは嵐のように彼女の身体を蹂躙した。その永遠にも感じられる悪夢のような時間を、 クリスティナはただひたすらに心を殺して耐えた。エクスカリュウトがクリスティナの大腿を濡らす、処女の証しに気付いたのは、 彼女の美しい肉体を思うままに貪りつくした後のことである。
 そこに至ってようやく、エクスカリュウトは絨毯の上で組み敷いていた宮女の涙が、決して嘘偽りのものではなかったことを悟った。

「――名は?」
 襤褸切れのように床に転がされたまま、ぼんやりと放心していたクリスティナは、思いがけず優しい声で問われて、乱れた髪の隙間から、 年相応の少年のように途方にくれた表情を浮かべている、エクスカリュウトに目を向けた。
「……クリスティナと、申します……」
 まるで自分のものでないかのように、答えるクリスティナの声は掠れていた。
「クリスティナか、ふん」
 エクスカリュウトはクリスティナの白金の髪を掻き分けて、その白い面を両手で包み、薄氷のような淡い色をした、虚ろな瞳を見下ろした。
「見事な白金の髪だ……。それに、お前の瞳……。ロジェンターは、私が水や氷のような色彩の女を、好むことまで知り抜いているらしいな……」

 苦いものを噛み潰したように唇を曲げて、エクスカリュウトは切なげに眉を寄せ、クリスティナの半身を引き上げ抱き締めた。
 幼い花嫁の身代わりに、敵国から差し出された魅惑的な女。いくら抑制しようとしても、エクスカリュウトの荒れ狂う青い欲望は、その肉体の魔力に絡め取られずにはおれなかった。
「ルドヴィニアのままごとの相手をするよりも、お前に溺れている方がずっと良い……。クリスティナ、明日の夜も、必ず私のもとに参れ」
「はい……、お心のままに、陛下……」
 抑揚の無い声でエクスカリュウトに答えながら、クリスティナは気付いた。

 自らの心の奥底に眠っていた、『女』という魔性が、ゆるりとその鎌首をもたげようとしているのを――。

- continue -

2014-07-26

  


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