第十章 「離宮」 1
その次の日、カリヴェルトとシャレルは早朝から、
王太子に宛てたヴェンシナの手紙を預かって、トゥリアンの市場に向かう農家の荷馬車に便乗し、
予定通りエルミルトへと出発した。
安息日を挟んでの、二泊三日の旅程である。
二人の不在は少し寂しかったが、シュレイサ村の時間はひとまず平穏に流れた。
平日の午前中は子供たちの教師となり、午後からは往診に出かけて、
安息日の礼拝では説教を行ったエルフォンゾが一番に多忙だった。
老牧師を労わりながら、二人の青年と二人の少女は農作業や家事をこなし、
安息日には皆で揃って沼へと釣りに出かけた。
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慣れない労働や田舎暮らしを、ランディは心から満喫しているように見えた。
ランディと村人たちとの必要以上の接触を、あまり望んでいなかったヴェンシナだが、
故郷の人々は近衛騎士となった彼を誇りに思い、その帰省を心待ちにしていたのである。
ヴェンシナの周囲には、自ずと人が集まることとなり、
彼と行動を共にしているランディは、エルアンリとの一件で、
顔と名前がすっかり知れ渡ってしまったことも相まって、
気がつけば村に多くの顔見知りを持つようになっていた。
子供たちにねだられて遊んでやったり、束になっておしかけた娘たちと談笑したり、
教会を訪れた農夫に薪割りのコツを教わったりしながらも、
ふと向ける視線の先で、ランディは常にフレイアシュテュアの姿を捜し、
その身を気遣っていた。
フレイアシュテュアの数奇な身の上が、ランディの同情を誘い、
その保護欲を大いに刺激しているであろうことは、ヴェンシナには
容易く想像がつき、そうしてまた理解もできた。
もとより、乗りかかった船というものである。ランディの気性からいって、
少なからず係わってしまった以上は、途中で放り出すことなどとうてい考えていないだろう。
それはとても心強いことではあるのだが、フレイアシュテュアは
『春女神の菫』という名が表す通りの、清純で美しい娘なのである。
臆病で人見知りの激しいフレイアシュテュアが、
多くの村人との交流を断ちながら――強硬な村人の方で、
彼女を拒絶していることにそもそもの要因があるのだが――、
徐々に心を開き打ち解けてくれる様子は、
どれほど愛おしくランディの目に映るだろうと思う。
そして、フレイアシュテュアもまた――。
ヴェンシナやカリヴェルトのような優しい『兄』以外には、
遠巻きに眺めているだけの村の若者と、
粗暴なエルアンリしか知らないフレイアシュテュアにとって、
都の騎士であるランディは一体どのように見えるのだろう?
フレイアシュテュアの二色の瞳を潤ませる想いが、他の少女たちと同じように、
ただの憧れであるならいい。だが、ランディの力強い腕に庇われてしまった晩熟な娘が、
その黒い瞳に見守られる中で、どこまで平常でいられるものだろうか……?
*****
ラグジュリエとサリエットに挟まれ、二人への対処に頭を痛めながら、
ヴェンシナは日を追うごとに親密さを増してゆく、
ランディとフレイアシュテュアの関係に目を光らせていた。
それなりに大人の恋愛を経験しているランディが、
フレイアシュテュアを休暇中の火遊びの対象にしないよう、
牽制していた、という言い方が正しいかもしれない。
そんなヴェンシナに、彼の姉と未来の義兄は、思いがけない吉報を携えて、
シュレイサ村へと帰ってきた。