緑指の魔女


第十章 「離宮」 1


 その次の日、カリヴェルトとシャレルは早朝から、 王太子に宛てたヴェンシナの手紙を預かって、トゥリアンの市場に向かう農家の荷馬車に便乗し、 予定通りエルミルトへと出発した。
 安息日を挟んでの、二泊三日の旅程である。 二人の不在は少し寂しかったが、シュレイサ村の時間はひとまず平穏に流れた。
 平日の午前中は子供たちの教師となり、午後からは往診に出かけて、 安息日の礼拝では説教を行ったエルフォンゾが一番に多忙だった。 老牧師を労わりながら、二人の青年と二人の少女は農作業や家事をこなし、 安息日には皆で揃って沼へと釣りに出かけた。


*****


 慣れない労働や田舎暮らしを、ランディは心から満喫しているように見えた。
 ランディと村人たちとの必要以上の接触を、あまり望んでいなかったヴェンシナだが、 故郷の人々は近衛騎士となった彼を誇りに思い、その帰省を心待ちにしていたのである。
 ヴェンシナの周囲には、自ずと人が集まることとなり、 彼と行動を共にしているランディは、エルアンリとの一件で、 顔と名前がすっかり知れ渡ってしまったことも相まって、 気がつけば村に多くの顔見知りを持つようになっていた。
 子供たちにねだられて遊んでやったり、束になっておしかけた娘たちと談笑したり、 教会を訪れた農夫に薪割りのコツを教わったりしながらも、 ふと向ける視線の先で、ランディは常にフレイアシュテュアの姿を捜し、 その身を気遣っていた。
 フレイアシュテュアの数奇な身の上が、ランディの同情を誘い、 その保護欲を大いに刺激しているであろうことは、ヴェンシナには 容易く想像がつき、そうしてまた理解もできた。
 もとより、乗りかかった船というものである。ランディの気性からいって、 少なからず係わってしまった以上は、途中で放り出すことなどとうてい考えていないだろう。 それはとても心強いことではあるのだが、フレイアシュテュアは 『春女神の菫』という名が表す通りの、清純で美しい娘なのである。
 臆病で人見知りの激しいフレイアシュテュアが、 多くの村人との交流を断ちながら――強硬な村人の方で、 彼女を拒絶していることにそもそもの要因があるのだが――、 徐々に心を開き打ち解けてくれる様子は、 どれほど愛おしくランディの目に映るだろうと思う。
 そして、フレイアシュテュアもまた――。
 ヴェンシナやカリヴェルトのような優しい『兄』以外には、 遠巻きに眺めているだけの村の若者と、 粗暴なエルアンリしか知らないフレイアシュテュアにとって、 都の騎士であるランディは一体どのように見えるのだろう?
 フレイアシュテュアの二色の瞳を潤ませる想いが、他の少女たちと同じように、 ただの憧れであるならいい。だが、ランディの力強い腕に庇われてしまった晩熟な娘が、 その黒い瞳に見守られる中で、どこまで平常でいられるものだろうか……?


*****


 ラグジュリエとサリエットに挟まれ、二人への対処に頭を痛めながら、 ヴェンシナは日を追うごとに親密さを増してゆく、 ランディとフレイアシュテュアの関係に目を光らせていた。 それなりに大人の恋愛を経験しているランディが、 フレイアシュテュアを休暇中の火遊びの対象にしないよう、 牽制していた、という言い方が正しいかもしれない。
 そんなヴェンシナに、彼の姉と未来の義兄は、思いがけない吉報を携えて、 シュレイサ村へと帰ってきた。


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