第十五章 「対決」 2
「――遅いっ!!」
決闘の舞台となる広場の一隅へ、エルアンリは先に到着して、
ランディを待ちわびていた。平常心を失わぬランディとは対照的に、
エルアンリは傍目にもわかるほどいらついていた。一昨夜に引き続き、昨夜もまた、
シュレイサの村長の家に宿泊していたエルアンリは、今日の決闘の結果を待たずに、
抜け駆けをしようと目論んでいたところをサリエットに阻まれて、
欲求不満をつのらせていたのである。
そのぎらついた視線の先で、本日の『戦利品』となるフレイアシュテュアは、
蝋のような顔色をして、サリエットにすがりながら立っていた。
昨夜サリエットが自室に誘ってくれたお陰で、貞操の危機は回避できたものの、
フレイアシュテュアは一睡たりともできぬままに朝を迎えていた。
ランディのことは信頼していたが、信じてさえいれば心安まるような類の問題ではない。
愛しい騎士が自分を手に入れる為に、戦ってくれようとしているのだと考えると、
甘くときめいてしまう一方で、その身を案じて胸が張り裂けるような心地がした。
やがてざわめきとともに人垣が割れ、ランディが颯爽と姿を現した。
均整のとれた引き締まった長身、近衛騎士の白い制服に映える漆黒の髪、
力強い意志を宿した黒い瞳――。
フレイアシュテュアは息を詰め、潤んだ瞳でただひたすらにランディを見つめた。その思い詰めたような表情を見れば、彼女の心が何れにあるのか、
問うまでもなく明らかであった。
人が剣を合わせる姿を見ているのは、フレイアシュテュアにとってとても怖いことだ。
けれども、たとえどんな結末が用意されていようとも、自分をめぐる二人の男の戦いを、
決して目を逸らすことなく最後まで見届けようと、
フレイアシュテュアは心に誓っていた。
ランディはそんなフレイアシュテュアに気付くと、
彼女に向ける眼差しだけを和らげた。すぐにも駆け寄って抱き締めたい想いを抑え、
目前の敵に照準を合わせる。
「遅いぞ! ウォルターラント!」
エルアンリはランディを平民の姓で呼んだ。気にした風もなくランディは返答する。
「別に遅刻はしていない。時間通りだろう」
「教会はすぐそこだ! 私が早くからここに来ていたことを、
知っていたんじゃないのかっ!」
「そう考えるのは君の勝手というものだ。私には私の都合というものがある」
嵌めた手袋の具合を確かめながらランディは答えた。
昨日の今日であるので、片方はヴェンシナからの借り物である。
小柄な彼とは手の大きさも違うので、
少し小さ目なのが気に入らないがないよりはましだ。
「フレイア、サリィ」
ランディに付き添って広場にやってきていたヴェンシナは、
小声で少女たちを呼んで自分の方へと手招いた。
ヴェンシナは必要がないので今日は平服である。
その傍にはもちろん、ラグジュリエがぴったりと張り付いていた。
老牧師の代理として、カリヴェルトとシャレルも勝負の行方を見守りに来ている。
「あんなところにいたら危ないよ。ランディが心配するから僕の傍にいてね」
「ええ、ヴェン」
フレイアシュテュアが硬い顔で頷いた。
「なんだかやつれてない? ヴェン?」
「ああ、うん……。昨日から時々、胃が痛くってね」
ヴェンシナが、気遣うサリエットに答えていた、その時。
正午を告げる時の鐘が鳴った。運命を告示するように。
フレイアシュテュアは、胸元で祈るように指を組み合わせ、ランディを振り返った。
ヴェンシナは、また刺しこむように痛み始めた胃の辺りの服を思わず掴んだ。
衆目が集まる中で、ランディは臆することなくすらりと長剣を抜いた。
つられるようにしてエルアンリも、腰から大振りの剣を引き抜く。
「――始めようか」
剣を中段に構え、ランディは口元だけで高飛車に笑んだ。
それが開始の合図となり、エルアンリは挑発する恋敵に力任せに切り込んでいった。