緑指の魔女


第十九章 「信頼」 5


 その脇に、数騎の騎士に守護されて、遅れて合流したアレフキースが辿り着いていた。
 白い制服の近衛騎士に囲まれる中、一人黒い大将服を身に着けたアレフキースは、 やつれた様子の初老の男に肩を貸していた。ガルーシアにひらりと跨るランディを見咎めて、 アレフキースは声をかける。
「困った方ですね、このまま大人しく守られていては下さいませんか?」
「ああ、私は姫ではないからな。戦える者は戦えばいい」
「あなたのような方では、たとえ姫君にお生まれだったとしても、 素直に守られては下さらなかったでしょうね」
「言ってくれるな」
 ランディはアレフキースに言葉を返しながら、 彼に支えられた初老の男がシュレイサ村の村長であることに気が付いた。 聖堂にいる村人たちのおどおどとした表情が、ふとランディの脳裏に浮かぶ。
「アレフキース、民がまだ怯えている。宥めてやってくれ、王太子の役割だ」
「わかりました」
 アレフキースはすんなりと了承した。ランディは重ねて依頼する。
「それから賊の中に、火薬を扱う者がいるようだ。奥の扉はまだもっているようだが、 表の入り口はそれで破られたらしい。この後もいつ、何がどう作用するかわからないからな、 内側からも十分に注意を払わせておいてくれ」
「それはまた、厄介なことですね。エルアンリには知らせましたか?」
「いや、これからだ」
「では、すぐに――エリオール」
「はい」
「今の話は聞いたね。急ぎエルアンリに通達を」
「承知しました」
 エリオールは王太子の命を受け、周囲の騎士たちの援護を受けながら、 馬を駆り教会の裏手へ向かった。アレフキースはランディに向き直ると、真顔で告げた。
「打って出られるおつもりなら、フェルナントをお連れになって下さい。 おそらく無理でしょうが、あまり目を付けられないようになさって下さいますか」
「努力はしてみる」
「当てにはしていませんが信じましょう」
 ランディは間違いなく目立つだろう。同じ白い制服を身に纏っていても、 その他者を圧するような存在感は、明らかに他の騎士たちと一線を画する。 戦場に立つだけで、味方の士気を高揚させる彼独特の雰囲気は、 アレフキースですら持ち得ないランディの天分だ。
「フェルナント、出られるか!?」
 戦場の徒ならぬ空気に興奮気味のガルーシアを御しながら、 ランディは鉄色の髪の偉丈夫に問うた。
「――十全です」
 剣を合わせていた賊を討ち果たし、一旦防御陣の内側に引いて、 フェルナントは抜き身の長剣を片手に短く答えた。 軽く頷いてからランディは、腹に響く力強い声で、 個々に戦いを続ける周囲の騎士たちへ号令を下す。
「他の者はこのまま教会を死守せよ! 仔細はアレフキースに従え!」
「はいっ」
「お任せ下さい!」
 頼もしい騎士たちの働きと返答に満足しながらも、貪欲に勝利を求めるランディは、 鋭利な眼差しを閃かせながら、デレス屈指の剣豪として名を馳せる、 鋼の騎士隊長に微笑みかけた。
「よし、では行こうか、フェルナント。ここで徹底的に叩いておかねば、 また他の村が襲われてしまうからな。遊撃に加わり、一気に掃討するぞ」
「簡単に言って下さいますなあ」
 灰色の瞳に闘志を湛え、フェルナントも僅かに口の端を上げる。 容易いことでもないだろうが、決して不可能だとは思わない。
「お待ち下さいっ!」
 ヴェンシナは教会の石段を飛ぶようにして下り、 ランディの騎馬の前に両手を広げて立ち塞がった。
「どうしてもお出になられるというのなら、僕も参ります!」
「しかしヴェン、お前は身体が――」
「もう平気です!」
 言いかけるランディに生真面目で一途な眼差しを向け、 ヴェンシナは譲ることなく訴えかけた。
「ここは僕の故郷です! それに、あなたをお守りすることが僕のお役目なんです!  僕の村の為に、あなたやみなさまが戦っておいでなのに、 僕だけおちおちと休んでなんていられませんっ!」
「いい覚悟だが、無理は禁物だ、ヴェンシナ。時には休息を取ることもまた騎士の務めだ」
 仕事熱心で忠誠心に篤い最年少の部下に、フェルナントが諭すように言う。
「無理ではありません、まだ戦えます!」
「では、ヴェンシナ、私の馬を貸してやろう」
 アレフキースが口を挟み、乗り捨てていた愛馬の手綱をヴェンシナに引き渡した。
「気位が高くて扱い難いだろうが、君も近衛二番隊の騎士ならば乗りこなしてみたまえ」
「はい、ありがたくお借り致します」
 アレフキースに簡略したお辞儀をし、ヴェンシナは王太子から借り受けた馬に身軽に騎乗した。
「駄目だと思ったらすぐに退け、足手纏いにはならぬように」
「はいっ!」
 アレフキースの青毛の愛馬は、主人よりも軽い御者に抗おうとしばし暴れた。 それをなんとか宥め終えて、ヴェンシナはランディをきりりと見つめる。
「お連れ下さいますね」
「……仕方のない奴だ」
 ランディはヴェンシナの意志を尊重することにした。 ランディが認めようと認めまいとこの忠義者は、必ず戦闘に加わり、 彼と馬を並べて戦うことを選ぶだろう。
「フェルナント、ヴェンシナ、出るぞ! 私に続け!!」
「はっ」
「はいっ!」
 雄々しく答えるフェルナントとヴェンシナを従えて、ランディは敵の間隙を縫って 守護の囲みを抜け、混戦の只中へと身を投じてゆく。
「殿下、その方をこちらへ。私が聖堂へお連れします」
「ああ、頼む」
 険しい眼差しでランディを見送るアレフキースから、 キーファーは村長の身柄を預かった。
「民人の様子を見たらすぐに戻る。みな、気を引き締めて応戦せよ!」
「はい!」
 教会を守り、防戦を続ける騎士たちに一声をかけてから、 村長を支え歩くキーファーに先導され、 アレフキースはシュレイサ村の村人たちが身を寄せる、石造りの聖堂へと足を踏み入れた。


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