第九章 「晴天」 1
言外に含ませた伝言に、果たしてルアンは気付いてくれただろうか――?
グネギヴィットの期待と不安をよそに、州府の冬期休業が明けてすぐの三日間は悪天候が続いた。日頃の行いとやらを顧みながら眠りについた翌朝、無情に降り続いていた雪はぴたりと止んで、
誰の目にも違えようのない晴れ晴れとした青天が広がっていた。
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「今日は実に、心地の好い天気になりましたね」
胸に畳んだ秘密は、何ということもない日常会話をそうでないものにする。散文的な政務の合間の、僅かな休憩時間。ローゼンワートに話しかけられて、グネギヴィットの意識と視線は窓の外から執務室の中
へと一息に引き戻された。
「心なしか、グネギヴィット様のご機嫌までいつもより浮き立って見えますね。何か良いことでもおありですか?」
「……別に。久しぶりに晴れたものだから、青空を見られて嬉しいだけだ」
グネギヴィットは心を落ち着かせようと、柔らかな湯気を上げている香草茶のカップを口に運んだ。動揺は隠したつもりだが、執政長官の椅子にふてぶてしく寛いで、ローゼンワートが口の端に含みのある
笑みを浮かべている――ように見える。
「この季節には貴重なお散歩日和ですね。私もたまには、あなたに倣って庭園をそぞろ歩いてみましょうか」
「!!」
肝を冷やしてグネギヴィットは、熱々のままお茶を一口がぶりと飲んでしまった。ひりひりと喉が焼け、皿の上に受け損なったカップが、グネギヴィットの心そのままにカシャンと乱れた音を立てる。
「いかがなさいました?」
「いや……。思ったよりも酷く熱かったものだから……」
「お気をつけ下さい。口の中に火傷をなさると、食事も艶事も楽しめなくなりますよ。大丈夫かどうか診て差し上げましょうか?」
「いらない」
うっかり頼んでしまうと、これ幸いとばかりに実地でじっくり試されてしまいそうな身の危険を感じる。ここが仕事場で、グネギヴィットが主君であろうと男装をしていようとも、
ローゼンワートならお構いなしだろう。
「けんもほろろにお答えされる程度には平気でいらっしゃるようですね。ああそうです、よろしければ今日は、北棟まであなたを送らせて頂けませんか? 独り占めなさっておいでの雪景色を、
私にも分けて下さると嬉しいのですが」
エトワ州城の南棟は州府の公共施設だが、グネギヴィットが日頃『気晴らし』をしている中庭は、サリフォール本家の私有地――平たくいえばグネギヴィットの『家』――の一部である。
仕事上の片腕であり、再従兄弟(はとこ)でもあるローゼンワートといえども、身勝手な立ち入りを認めてはいなかった。
「悪いけれど、一人の時間を持ちたい気分だから遠慮をして欲しい。お前に付き添われていると、どうしても政務から離れられない気がする」
だらだらと冷や汗にまみれた内心とは裏腹に、グネギヴィットの唇から、断りの文句はするすると流れ出た。一握りの嘘を交えたグネギヴィットの本音に、ローゼンワートは幾分残念そうに引き下がる。
「そうですか。では、お一人になられたくない気分の折には、ぜひともお声をかけて下さい。喜んでお供させて頂きますので」
「……考えておこう」
代わりに呈されたのは、実に彼らしい申し出であった。何とか平常を装いながら、グネギヴィットは心臓に悪い会話を締め括った。