第十二章 「決意」 2
時を同じくして、エルミルトの離宮。
「ご執心の娘は、恋敵に奪われたのか!?」
エリオールから報告を受けて、アレフキースは思わず身を乗り出した。
「案外に、悪知恵の働く男のようですな。エルアンリとやらは」
フェルナントが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「村の警護を、娘の身柄と引き換えにするとは嘆かわしい。
軍人としても、領主の息子としてもいただけませんな」
エルアンリの動向を非難するフェルナントの一方で、
アレフキースは全く別のことを慮っていた。
読みかけの本に栞を挟み、アレフキースはランディの心の動きを追う。
「このまま娘を諦めて下さればよいのだけれど、私の予想に違わなければ、
より一層に燃え上がっておいでだろう。
レルギット領はこのところ不穏な様だし……、そろそろ引き時のようだね。
さらに面倒なことが起こる前に、お迎えに上がらなければ」
アレフキースの決断に、フェルナントは僅かに唇を曲げる。
「約束が違うと、反発されましょうな」
「何とそしられようとも、御身の保護が最優先だよ、フェルナント。
ヴェンシナ一人では、もしもの時に荷が重い。引きずってでも連れて帰らねば」
「やれやれ、損な役回りでございますな」
フェルナントは肩をすくめる。
「キーファー、ご苦労だったね。私は明日、床を払う」
アレフキースは王太子の主治医の振りをして、ここ数日の日がな一日を、
ほぼ彼の傍で過ごしていた近衛騎士の一人にその役目の終わりを告げた。
「承知致しました」
キーファーは残念な気持ちを表情に出さぬよう、努めながら諾った。
常にアレフキースやフェルナントの近くに控え、
彼らの有能な仕事ぶりを眺めることは、
近衛二番隊の騎士の中でも特に若手に属する彼にとって、
非常に有意義な経験であったのだ。
「それからエリオール、明日の朝一番に、
シーラー侯の邸へと遣いに行ってもらいたい。
市侯に手配して貰いたいことがあるのだよ。
できうる限り内密に、迅速に、離宮に私を訪ねて来るようにと」
「御意のままに」
エリオールは無駄口を利かず短く答えた。
寡黙な部下に代わって、フェルナントが王太子の希望を推し量る。
「お近くにお移りになりたいんですな?」
「そういうことだ。エルミルトでは、まだ、遠い――」
フェルナントの問いに頷いて、アレフキースはランディに思いを馳せた。
よく似た色の髪、よく似た色の瞳を持つ、唯一無二の彼の『至宝』に。